大判例

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高松高等裁判所 昭和56年(う)174号 判決

所論は要するに、原判決は、原判示各犯行当時酩酊していたとはいえ、ほぼ正常であつたと認むべき被告人の精神状態につき、原判示各犯行当時被告人は深酔い状態(高度酩酊状態)におちいり、いわゆる心神耗弱の状態にあつたものであると認定して、刑法三九条二項を適用した点において、事実の誤認があり、かつ法令の適用を誤つており、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない、というのである。

そこで記録を調査し当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、所論の点について、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項において認定判示するところによれば、原判決は、原判決挙示の各証拠を総合し、「特に鑑定人の難波益之の鑑定書並びに同鑑定人に対する証人尋問調書を吟味」して、被告人が原判示各犯行当時心神耗弱の状態にあつたとの結論に至つたもので、右鑑定書及び証人尋問調書に依拠するところが大であることが明らかである。したがつて、当裁判所においても、先ず同鑑定書並びに同証言に主眼を置き、更に関係各証拠を対照しながら、逐次考察を加えることとする(なお、以下鑑定人難波益之作成の鑑定書を「難波鑑定書」、同人に対する原審の証人尋問調書を「難波証言」、これらを総称して、「難波鑑定」という)。

ところで、難波鑑定は、これを概観するに、その方法として、被告人に対し飲酒量やその経過等を変えながら前後四回にわたつて飲酒試験し、その際の被告人の各言動等の状況と、本件各犯行時における被告人の言動等の状況を比較検討し、被告人の本件各犯行時における酩酊状態もしくは精神状態を推定するという方法をとり、同鑑定書記載によれば、被告人が本件各犯行直後ごろ桜木正人方に到着したころの酩酊状態は、弁護人算出の当時の飲酒量、経過に基き実施した第三回飲酒試験終了時の状態よりやや強度であつた(同様弁護側資料に基き実施した第四回飲酒試験の結果についてもほぼ同様)と判断したうえ、本件発生当時における被告人の酩酊状態と精神状態は、時間的ずれはあつても、およそ第三回飲酒試験の結果から推定できると考えてよいとし、結論として、被告人は当時単純酩酊ではあるが深酔状態(高度酩酊状態)にあり、「本件当時少なくとも乗車前後から事故までの間、酩酊による意識障害と前頭葉症候群は加重して精神医学的に被告人の判断力・注意力と抑制力・思考力等を高度に障害していたものと判断でき、これは理非善悪を弁別し、それによつて行動する能力を著しく障害していたものに相当するように思われる。」とするものである。

しかしながら右鑑定は、所論も指摘するように、方法自体につきいささか問題があるのみならず、ことに、第三回目の飲酒試験の終了時の酩酊状態よりも、本件各犯行直後ごろの酩酊状態が強度であつたとする点については、関係証拠とも対比し、多大の疑問の存するところであり、ひいてその結論にも賛同し難いものがあるといわなければならない。

すなわち、いわゆる酩酊鑑定にあたつて飲酒試験を行つたところで、犯行当時の酩酊状態を再現させることは、所論が指摘するまでもなく、その時の身体条件、雰囲気等を異にする以上、ほとんど不可能に近いもので、この点は難波鑑定もあえて否定するところではなく、この種鑑定のいわば宿命として避け難いものではあるが、その点をさておいて、難波鑑定における飲酒試験の結果によつて、一応右鑑定の前提として検察側の示した飲酒量、すなわち千里一においてビール中瓶(五〇〇CC)一本、清酒一級二・六四合、なにわにおいて清酒(二級)〇・九合、鳥十においてビール中瓶一本というのは過少にすぎ、他方、同様弁護側の示した飲酒量、すなわち千里一においてビール中瓶一本、清酒(一級)四・八合、なにわにおいて清酒(二級)〇・九合、鳥十においてビール中瓶一本、清酒(一級)一・八合というのは過大にすぎるということは肯認し得ないでもないとしても、第三回飲酒試験時においては、難波鑑定書の記載によれば、被告人は二回にわたつて嘔吐しているうえ、試験終了前「小用に立上つた時、よろめきが強く、支えられないと危つかしく、言葉のもつれは更に強くなつた。座つても体が横にまがりそうになり、歌の本を手に取上げみようとするが、ぽーつとして字を追えないらしく、歌いかけてもすぐに止まつてしまつた。」という状態であり、その後二回目の嘔吐のあと再び飲酒させた後においては、「体を前屈し頭に手をやり、椅子にだらりと腰かけていた。」状況で、試験終了時は、「起立しても倒れそうになり、肩を貸してもらうだけでは歩けず、背負われるようにして病室に運ばれた。」というのに対し、本件犯行直後の桜木方における被告人の言動は、なるほど原審証人桜木正人の証言及び中沢美香の司法警察員に対する供述調書によれば、桜木方アパート前で自車を停めた後ハンドルにもたれるようにうつ向いており、二、三回声をかけてから車を降りたこと、部屋へ入るとき足元がふらついたので、桜木が肩を貸してやつたこと、紅茶を飲んだ時にカツプが傾いて紅茶がこぼれたが、それが分らない風であつたこと、煙草を吸つた際、灰皿を押しやつても、灰をテーブル上に落したこと、煙草の灰が入つた紅茶をそのまま飲んだこと、同じことを二回、三回と聞き、理解できないこともあつたことなどの状況を認め得ないでもないが、紅茶や煙草の灰をこぼしたり、煙草の灰が入つた紅茶をうつかり飲むことは高度酩酊に達していなくても酩酊者にあり得ないことでないのみならず、他方、同じ右桜木の証言及び中沢の供述調書によれば、被告人は桜木方アパートの窓外路上に正しく自車を停めたうえ、自己が来たことをクラクシヨンを鳴らして合図をしていること、車から降りた際自車の左ライト付近を手でさわつて「割れちゆう。割れちゆう。」といいながら自車の損傷を確かめていること、桜木の部屋に入つてすぐ「電柱か何かに二回位当てた。ようここまで来たもんだ。」「前のライト付近が当つた。」などと事故状況を説明し、こたつに入つてから桜木に対し、「昨夜も来ちよつたぞ」と話しかけ、同人が「昨夜は友達のところへ泊りに行つておつた。」と応答するなど普通に会話をかわし、その間煙草を吸つたり紅茶を飲んだりしている状況が認められるのであつて、別に嘔吐したなどの事実もなく、更に当審で右桜木及び中沢を尋問して確かめたところでも、桜木方にいた二、三〇分の間に、被告人が壁などにもたれかかつたり寝そべつたりしたような記憶はなく、こたつで普通に座つて話をしていたことなどが認められ、なお、桜木の原審証言によれば、そのあと桜木が自動車を運転して被告人方まで送つて行つたところ、被告人がタクシーを拾える道路まで送つて出て、タクシー代の趣旨と思える一、〇〇〇円を桜木に渡した、その時の酔いの状態は、桜木方にいた時とさして変わつていないということも認められるのであり、そうだとすれば、本件各犯行直後ごろの被告人の酩酊状態は、「起立しても倒れそうになり、肩を貸してもらうだけでは歩けず、背負われるようにして病室に運ばれた。」という第三回飲酒試験終了時の被告人の酩酊状態よりも、はるかに軽度のものであつたことが明らかであるといわなければならない。同鑑定が立論の前提にしたと解される、被告人が桜木方へ到着しクラクションを鳴らしたあと、ハンドルにうつ臥し二~三度呼ばれて応答したとの点や、弁護人が答弁書で指摘する、被告人が煙草の灰の落ちた紅茶を飲んだという点も、所論がいうとおり、衝突事故を起した(被告人にこの点の認識のあつたことは、桜木方で被告人が「車を当てた」と言い自車の損傷状況を確めていること等に徴し明らかである。(被告人の思い悩み心を奪われている心理状況も加わつたものともみられ、少くとも、上記ハンドルにうつ臥した等の事実をもつて単に酒酔いのみによるものと断定し、余りに多くこれに依拠して、前記アパートの窓外路上に正しく自車を停めた等その余の言動に配慮せず、被告人の酩酊状態は同鑑定第三回目飲酒試験終了時の状態よりやや強度であると判断するのには賛同することができない。また、同鑑定が飲酒試験時の状況に対する健忘の程度と本件当時における健忘の程度が同様である、とする点も、本件当時における健忘度を判断するに主として被告人の原審公判廷における供述や鑑定人に対する供述によつていると思料され、これから本件犯行時の酩酊度を推定するのも問題である。また第四回飲酒試験についても同様、難波鑑定書の記載によれば、二回にわたつて嘔吐しているうえ、「目はとろんとして応答はほとんどなくなり、自室へ帰るよう命じるとやつと一人で歩行できたが、両足を拡げ強い千鳥足で廊下の壁に当りそうになりながら歩行、二階へ上る階段では二段目で倒れ、あとは介助によつて上り得た。」という状況であつて、本件各犯行直後ごろの被告人の酩酊状態は、第四回飲酒試験終了時よりも軽度であつたことが明らかであり、そうだとすれば、被告人が右試験の際、最初酒四・八合を飲んでいる最中「本件当時はこれだけ飲んでいなかつたようだ。」と述べ、その翌朝も同様のことを述べていることをも併せて考えると、右試験の第三回目採取の血中アルコール濃度が鳥十を出た当時のそれに相当し、その一四分後、本件発生時刻に一致した第四回目採取の血中アルコール濃度は二・四九三mg/ml(以下単に「ミリグラム」と表示する)であつたが、第三回目採血の五分前に食物残滓を含め約三八〇CCを吐出しており、一四分後は、本件当時になお胃からアルコールが吸収されていたはずであるから、本件の場合は、右血中濃度より高かつたものと推定されるという難波鑑定の推論には、多大の疑問を禁じ得ない。

したがつて、右の第三回及び第四回飲酒試験の結果から、「本件各犯行時における被告人の血中アルコール濃度は、二・五ミリグラムから三・五ミリグラムの範囲内で、より高濃度に偏していた状態だつたろうと考えられる。」という難波鑑定は、その数値をあまりにも過大に推論するものであつて合理性に欠け、むしろ、本件各犯行時の血中アルコール濃度は、二・五ミリグラム以下であつたとする方がより合理的であろう。このことは、難波鑑定書において自ら引用する上野正吉による血中アルコール濃度と酩酊度の関係によれば、「アルコール血中濃度が一・五ないし二・五ミリグラムでは自己も酩酊を認識しうる。極めて快活、有頂点となり、運動失調が容易に周囲の人に気付かれる(千鳥足)。言語は幾分不明瞭になり意想奔逸となり、時には顔面蒼白となる。手に持つたものを落したり、外傷を受けても気がつかないことがある。注意散慢となり判断力が鈍り、事故を起し易い。」「血中アルコール濃度二・五ないし三・五ミリグラムのとき深酔(高度酩酊)の状態となる。茫然自失、元気なく、運動失調強く歩行困難となる。言語全く不明瞭で諸反射も消失に近い低下を示し、麻痺状態に陥る。意識も次第に不明瞭の状態になる。脈搏は弱く早くなり危険が高まる。」ということと対照しても明らかであるといえよう。なお難波鑑定は、同鑑定書記載によれば、本件事故直後の目撃者「武知純敬」によると、本件直後、被告人の車の運転の仕方は止るようにのろのろと運転していたので、(中略)事故を起したと知つた時、通常なら精神的動揺でスピードに変化が出てもよいはずだが、推定の範囲内では、ぼんやりして事故に無頓着な状態、すなわち注意力、周囲の状況に対する見当識および判断力が相当強く低下していたとも推定される。」という。武市純敬は司法警察員に対する供述調書において店内にいた時ガシヤーという様な音がし看板が倒れているのに気がつき、その時白い様な普通乗用自動車が左から右に速度を落すように走つており、倒れている人に気がついて店から道路に出てみたところ先程の車がゆつくり止まる様な感じで北向きに走つていたことの趣旨の供述をしており、当裁判所において同人を尋問したところによれば、事故の音がして店先に出て車を見たとき、スピードを落して止まるような感じがしたが、止まらなかつたので、止まれと声をかけたけれども、そのまま行つてしまつたというのであり、その供述が完全に一貫しているというわけでないが、自動車がスピードを落して止まるような感じがしたという点は一貫しており、そうだとすれば、一たんスピードを落して止まりかけたという右状況からは、難波鑑定が、被告人車のスピードに変化が出なかつたと即断し、これは被告人がぼんやりして事故に無頓着な状態であつたためであるなどと推定することは正当でないと考える。

また難波鑑定は、本件各犯行時における被告人の酩酊度を、深酔(高度酩酊)状態で、上野のいう深酔のうちでも泥酔に近いと判断されるとしながらも、このような状態でも、自動車を発車させたり運転したりできるとする説明として、次のようにいう。すなわち、意識混濁の程度を、軽い難思状態から意識喪失までの間に、昏蒙(全精神活動の低下と渋滞)、傾眼(眠気があるが刺激により容易に覚醒する)、昏眼(刺激によりはつきり醒めないが刺激へは反応する)とに別けるならば、被告人の当時の意識状態は傾眼と昏眼の両者にかかる状態にあつたとし、このような意識混濁の程度は恒常的でなく、周囲からの刺激が強い時は浅く、刺激が無い時は深くなる。そして、難波鑑定書によれば、「本件当時、被告人に対する外界からの刺激が最も少なかつた時は乗車時と事件発生までの運転中であり、その反対は衝突時と桜木宅に入つていた時であり、このことから本件当時意識混濁が最も強かつたのは乗車時と運転中だつたと判定される。」また、意識混濁時の運転能力は精神能力同様障害されるが、両者は必ずしも並行せず、「本件当時意識混濁はかなり強かつたが身体的にはまだ行動能力を残しており、それによつて自動車を発進させ得たものと考えられる。」と説明する。

しかし本件で注目すべき点は、被告人の乗車地点から事故地点を経て桜木方に至る経路及びその間の道路状況である。すなわち、原審裁判所の検証調書によれば、乗車地点から事故地点までの距離は約一六〇メートルであり、事故地点から桜木方までの距離は約一、一〇〇メートルであるところ、右道路は単調な直線道路ではなく、ことに事故地点までは、乗車地点から約二六メートル進行して幅員わずか二・七メートル(被告人車両の幅一・六二メートル、長さ四・二七メートル)の狭い道路(左側は水路、右側は金網フエンス)に出て、これを約三〇メートル進行して左に約九〇度曲り、幅員約三・八メートルの道路に出て、これを約二二メートル進行してまた約六五度左に曲り、幅員約六・七メートルの事故地点に至るという道路状況であることである。このような道路を、しかも夜間降雨中という状況下で、より泥酔に近いという高度酩酊の状態にある者が自動車を運転走行して、通過できるものであろうか。経験則上強い疑いを持たざるを得ない。この点について難波証言は、「私が鑑定書に外界からの刺激が最も少なかつた時は乗車時と事故発生時までの運転中と書きました時点では、この間に何もないと考えていたからである。」旨述べて、更に、被告人が右のような道路を運転走行して通過できたことにつき、注意をより集中すれば通れる道路状況だつたのでないか、とか、通り慣れた道でここはせまいんだと意識の集中がかなりあつたのではないか、などと推測説明を加えるのであるが、右説明は前記の疑いを合理的に解消させ、納得させるに足りるものとは認め難い。このように運転し、目的の桜木方へ到達し得たということは、被告人に責任能力があつたと認定する一事由たり得るものと考える。

右のとおり、難波鑑定は、被告人の当時の飲酒量が前記弁護側の算出量では多きにすぎ、検察側の算出量では少なきにすぎるという点は、飲酒試験の結果から一応肯認できるとしても、その余の点は合理的な説得力に欠け、これを採用することはできないものといわざるを得ない。そして、その余の原判決挙示の各証拠により本件各犯行当時の被告人の精神状態を考察すれば、当時の飲酒量については他二名とともに飲酒した状況もあり、証拠上確定できないとしても、相当程度に酩酊していたことは明らかであるが、一たん自宅前まで帰り、それから友人桜木方を訪問することを思い立ち、普通乗用自動車を運転して前記状況の道路を通り、約一、一六〇メートル離れた目的の当該桜木方へ到着している状況や、桜木方における前記言動、その他の諸状況を総合すれば、被告人は本件各犯行当時心神喪失はもち論のこと、未だ心神耗弱の状態にまで至つていなかつたものと認めるのが相当である。

したがつて、原判決が難波鑑定のいわば結論部分を重視採用し、被告人が本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつたと認定したうえ、刑法三九条二項を適用したことは、その余の所論に言及するまでもなく、事実を誤認しひいて法令の適用を誤つたものというべく、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

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